俺たちの箱根駅伝【書評】

ランナーに限らず、多くの人にとって正月の風物詩といえば「箱根駅伝」だろう。
自分の場合、親世代が毎年欠かさず見ていたこともあり、小さいころから「正月になると大学生が走っているな」くらいの感覚で見ていた。
というか、元日のニューイヤー駅伝と合わせて、正月は駅伝ばかり流れていて少し退屈だった記憶がある。
決して嫌いではなかったけれど、特別好きでもなかった。
そんな自分が興味を持ち始めたのは、実際にマラソン大会に出てみようと思った頃から。
たぶん2020年くらいのことで、ほんの数年前の話だ。

それ以来、毎年の正月は箱根駅伝を見るのが恒例になった。
そんな自分にとって、「俺たちの箱根駅伝」というタイトルは興味を引くには十分。
気づけば発売前に予約していた。

作者はあの池井戸潤さん。読む前から面白いことは確定していた。
そんな期待を胸に読み始めた「俺たちの箱根駅伝」を、今回は初の試みとして書評という形でまとめてみたい。

箱根駅伝とは

まず、知っている人多いと思うけど、箱根駅伝とは何かをまとめていく。
正式名称は「東京箱根間往復大学駅伝競走」で略称として世間では「箱根駅伝」と呼ばれている。
みんな箱根駅伝というのが当たり前になっていて、正式名称で呼ぶ人はまずいない。
以前テレビのバラエティー番組でも正式名称で言える人はほぼいないという結果に。
青山学院を強豪校にした原晋監督ですすらも答えられなかった。

往路と復路に分けて2日間開催

東京・大手町↔箱根・芦ノ湖駐車場入口
この2カ所を往路スタートとフィニッシュ、復路スタートとフィニッシュにし、往路5区間、復路5区間の合計10区間で全長217.1kmを競う長距離の駅伝競走として行なわれる。

各区間20km以上

一般的な駅伝競走大会では、区間ごとに短距離から長距離まで幅広く設定されている。
しかし箱根駅伝は、最短区間が20.8km、最長でも23.1kmとその差はわずか2.3kmしかない。
全区間が20kmを超える構成は極めて珍しく、まさに他の大会とは一線を画す存在といえる。

出場校は20校+関東学生連合チーム(オープン参加)

出場校はシード校10校と予選会通過校10校の合計20校に加えて、本選に出場できなかった大学から選抜される関東学生連合の合計21チームとなる。ただし、関東学生連合はオープン参加のため順位はつかない。

シード校は前回大会で上位10校に与えられている。
予選会は毎年10月に行なわれ、ハーフマラソンを各大学から最大12名が出場し上位10名の総合タイムで競うことになる。総合タイムの上位10校が晴れて予選を突破し本選出場するという流れ。

「俺たちの箱根駅伝」の要約

今作については「関東学生連合チーム」と「テレビ局」という2つの視点で描かれている。そして、それぞれの視点からドラマティックであり、リアリティもある内容で書かれている。

関東学生連合チーム

まず名前だけを聞くと、関東の大学から選りすぐりのメンバーを集めたオールスターと一見思ってしまう。でも実態はそうではなく、箱根駅伝の本選出場できなかった上位の大学から各校1人ずつ選ばれた、言わば即席の寄せ集め。さらに選ばれる選手は箱根駅伝を一度でも走った選手は対象外となってしまう。

以前は、「関東学連選抜チーム」という名前で、順位を競っていた時代はあったものの、2015年以降はオープン参加になり、記録も参考記録扱いでたとえ1位でゴールしたとしても優勝にはならない。また、各区間での個人記録も参考記録となり、区間賞からも外されることになる。しかも区切りの記念大会では出場校が増枠されるため、チーム自体が編成されない。(2024年の100回大会は編成なし)

1人でも多くの学生たちに箱根駅伝を経験させ、長距離界の土台を底上げしていきたい。という思いもある一方で、一部では存在自体の廃止を求める声もあったりと物議を醸していることも多い。

本作ではそういった声もある中で、選手それぞれがが箱根駅伝にかける思いや学生連合チームとして走る意味を、正月の風物詩として見ている世間とは違った角度から描いている。

箱根駅伝を中継するテレビ局

本作では、テレビ局側の視点にも焦点が当てられている。
普段は意識することのない中継の裏側を描くことで、視聴者にとっても新鮮で興味を引く内容になっている。

作中に登場するテレビ局は大日テレビ。おそらく、実際に箱根駅伝を中継している日本テレビがモデルだろう。
その中でも特に描かれているのは、番組づくりの中枢を担うチーフプロデューサーやチーフディレクター、そしてメイン司会アナウンサー。
彼らの視点を通して、テレビが箱根駅伝をどう届けているのかがリアルに伝わってくる。

箱根駅伝はテレビ局にとってもスポーツの中では年間を通して一番視聴率を期待できる、お化けコンテンツでその重要度は他の番組とは比較にならない。
そんな番組を取り仕切る上でのテレビ局の政治や芸能界のしがらみなんかも本作では触れられている。

箱根駅伝のテレビ中継は1987年から行なわれており、チーフプロデューサーだった坂田信久氏が作ったと言われている、分厚いマニュアルが存在する。
「箱根駅伝をテレビが変えてはいけない」という伝統を守りつつ、

  • 選手の名前は全員呼ぶ
  • たすきリレーは全部伝える

という2点を再現しつつ、箱根駅伝を忠実に放送するという役目を全うしていく姿が描かれている

順位変動は、視聴者にとって最も注目を集めるシーンの一つだ。
その瞬間を逃さないよう、テレビ局側も細心の注意を払いながら中継を続けている。

テレビ番組はスポンサーによって成り立っており、スポンサーが最も望むのは視聴者ができるだけ長く番組を見続け、CMまでしっかり見てもらうこと。
だからこそ、CMのタイミングは綿密に計算されている。
視聴者を引きつけたままCMに入ることこそ、テレビ局がスポンサーに示せる最大の仕事といえる。

この点についても本作では面白く書かれている。今後のテレビ中継の見方がより面白くなりそう。CMが入ってついつい愚痴ってしまいそうになる。こういった視点をもってテレビ中継を見るとより箱根駅伝を楽しめそうな気がした。

「俺たちの箱根駅伝」をなぜ読んだのか

普段ランニングをしている自分でも、陸上競技そのものに強い関心があるかといえば、正直そうでもない。
それでも箱根駅伝だけは別で、選手の名前を知らなくても、正月になれば自然とテレビをつけて見てしまう。

今や正月の風物詩として欠かせない存在であり、「箱根駅伝」という言葉そのものが強い引力を持っている。
本のタイトルにその文字を見つけると、つい手が伸びてしまうのも無理はない。

また、タイトルに「俺たちの」とついていて、どんな視点で箱根駅伝が描かれているのかが興味を引いた。

「俺たちの箱根駅伝」を読んだ感想

読む前はどうせ箱根駅伝の強豪校の話かと思っていた。
でも、いつも気にしていなかった関東学生連合チームとテレビ局側に2つの視点から描かれていて、とても面白かった。

上下巻の2部構成でボリュームがあるなと思ったけど、池井戸潤さんは売れっ子作家だけあって、文章も読みやすく一気に2巻とも読み切ってしまった。

箱根駅伝はメンタルが7割

中でも印象に残っているのが学生連合チームの甲斐監督が言っていた「箱根駅伝はメンタルが7割」というフレーズ。
たまに箱根駅伝中継を見ていて思うのが、持ちタイムが全く参考にならないということ。
2021年の創価大学や2024年の青山学院大学の激走が記憶に新しい。

箱根駅伝という特別な舞台では、先頭を走る選手と20秒遅れてタスキを受け取る選手とでは、当然ながら走り方や戦略がまったく違う。
その中で、走り方やメンタルが見事に噛み合った選手が、持ちタイムで上回る相手を追い抜くことも珍しくない。
そこには、数字では測れない「箱根にかける思い」や「情熱」が確かに存在しており、それがデータを超えた結果を生み出すのだ。

みんな使命をもって生きている

学生連合チームのことを寄せ集めチームという目で見ている人は少なからずいると思うし、恥ずかしながら自分もその一人であった。
でも選手側からすれば、箱根駅伝は大学生活の中で最大の目標にしている選手も多く、どんな形であれ走りたいと思うのは当然のことである。
その一人一人にドラマがあり、思いがあり、何かと背負って走っているということにこれからは注目していきたい。

事実を事実のままに伝える

テレビ局側で印象的だったのは、アナウンサーが語った「事実を事実のままに伝える」という言葉。
映像の裏にある真実を届けることこそが報道の使命であり、まさに箱根駅伝をテレビが変えてはいけないという伝統に通じるものがあった。
選手全員が主役であるという、箱根駅伝の本質を改めて感じたシーンだった。

まとめ

箱根駅伝というテレビでそのまま流れている映像だけでなく、各々の思いが乗ったコンテンツだということを認識させられた内容だった。

正月に箱根駅伝を見ている人にとっては違った視点でのドラマが面白いと思うので、ぜひ一度読んでみてほしい。

また、内容的にもほぼほぼ間違いなくドラマ化されると思うので、どのテレビ局が放送するのかも個人的には興味深い。
まあほぼ日本テレビだとは思うけど。